12.oh.9

吸って吐いて、また吸って。

アマゾンズがあって、エグゼイドが始まって、アマゾンズS2があって、エグゼイドが終わって本当に良かったと思った話。


エグゼイド本編が無事に最終回を迎えましたね。

夏映画を観た辺りからずっと考えていたことがあったので吐き出します。

タイトル通りの話です。

 

子どもがメインターゲット層であるニチアサでのエグゼイドと、

大人に向けて表現規制から解放されたネット配信でのアマゾンズ。

この二つの仮面ライダーは全く違うところにいるようで

本当はものすごく近いところにいるような、不思議な作品でした。

アマゾンズで真正面から突きつけられたものがあったからこそ、

エグゼイドを深く考えることができた部分はきっとあると思うのです。

その中でも特に考えさせられた2つの部分について、つらつらと書きます。

 

 

まずひとつ。

 

バグスターという存在は、最後は全て消えてしまう存在だと思っていました。

 

でも違いました。

 

バグスターはエグゼイドの世界から居なくなりませんでした。

それも、ポッピーのような良性のものだけが残るという形ではなく、

人間をゲーム病で苦しめる悪性のものも含めて残ったのです。

 

何故でしょうか。

 

それは、バグスターも間違いなく命だからではないかと私は思うのです。

「倒されても進化を遂げ、人間を犠牲にして完全体になる」というのは、

「生き抜く為の進化を続け、他の命を食らいながら生きる」人間と同じです。

そんなバグスターウイルスと医師たちの戦いがまだ続いていくという事は、

アマゾンズの最後で語られた「命の脅かし合い」そのものではないでしょうか。

人間の味方として存在することを求められ許されているポッピーやパラドには、

アマゾンオメガ・水澤悠や駆除班にいた頃のマモルと近いものを感じます。

 

 

そしてもうひとつ。

 

アマゾンズで千翼は「"最後まで"生きたい」と主張し、最期まで戦い続けました。

そしてエグゼイドでグラファイト

「俺はドラゴナイトハンターZの龍戦士グラファイト、それが戦う理由だ」

と語り、最高の戦いの中で敵キャラとしての命を全うさせました。

この二人を振り返ると、生きたいということは

どんな最期を迎えたいかという事でもあるように思うのです。

死を恐れずに受け入れ、「これでいいんだ」と

笑顔で言えることこそが生きる喜びなのかもしれません。

だからこそポッピーは自分の体をワクチンに変える為に行動し、

一度は死ぬことを恐れたパラドはゲムデウスに立ち向かっていけたのでしょう。

 

 

パラドとポッピーの力を人間が必要としなくなる日と、

それぞれがもう一度「これでいいんだ」と思える日、

どちらが先に来るのだろうと考えると複雑な気持ちになりますが、

出口のない答えを求めるマーブル色の未知のNewStageが

一日でも長く続いてくれたらいいなと思います。

 

そしてゲーム病で消滅した人達の症状が完治し、

病だけでなく寂しさや悲しみと戦い続けた人が笑顔になれる日が

一日でも早く訪れることも願いたいですね。

 

 

Vシネ三部作が決まってまだまだ終わらないエグゼイドですが、

1クール目から熱狂し最後まで駆け抜けたこの約一年間は

本当に楽しかったです、主題歌通りEXCITEしっぱなしでした。

俳優さんやスタッフさん、制作に関わった全ての方達に

心の底からありがとうと言わせて下さい。

 

もちろん、来週から始まるビルドも楽しみにしています!

日曜朝も観てくれよな!

 

 

 

 

そんなこんなで、一年以上放置していたブログを突然更新しました。

また何かあったら、というか何かあるし色々あったのでまた書きます。