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12.oh.9

吸って吐いて、また吸って。

Jnapi Produce 人間風車

舞台 人間風車 Jnapi produce

 

この記事を読む前に、公式のあらすじに目を通して頂けたらと思います。

千秋楽も近いのでネタバレを考慮せずに語ります。

年齢制限のかかるホラー作品なので、苦手な方は気をつけて下さい。

 

 

 

 

この世にはたくさんのフィクションがある。

 

人を笑わせるフィクション。

人を感動させるフィクション。

人を惑わすフィクション。

 

それらに混じって存在する、

 

フィクションの仮面を被った"ノン"フィクション

 

 

物語はフィクションとノンフィクションの間を行き来する。

状況は違えど同じ童話作家である平川と国尾。

彼らは童話という空想の世界を生み出しながらも、

作品の売れる売れないとは何かという問題や、

生きていくには当然金が必要だという現実に囲まれている。

 

TV局で働く、平川と国尾の友人である小杉。

彼は娯楽番組を制作する一方で、

上司と肉体関係を持ち出世しようとする女性ADの話を聞いたり、

薬物使用の疑いがある芸能人の楽屋を盗撮した映像を

警察に横流しするという相当際どいリアルの中に身を置いている。

 

バラエティやコントの中で笑顔を振りまいている女優、アキラ。

そんな彼女にも勿論、テレビには決して映らない一面がある。

 

しかしたった一人だけ、境界のない世界で生きている者がいる。

それがオサム、通称サム。

彼は、平川が公園で語る童話に誰よりも夢中であり、

物語を聞いたあとは主人公になりきり、

平川が聞かせた通りの調子で、一言一句間違えることなく台詞を繰り返す。

時には家にあるモノを寄せ集めて、それらしい格好で町を駆け回ることもある。

彼は平川の語る物語に夢中になる一方で、

平川の生み出す世界の一部でもあるのだ。

境界のない世界で生きている、と言ったが、

実は彼にも、当たり前だが現実が存在する。

それは、彼が大人だということ。

 

 

公式のあらすじにもあるように、

平川とアキラが出会うことで物語の状況は一変する。

二人が出会うことで生まれたものは恋だけではなかった。

 

 

黄金戦士オロの物語。

ある国に、残忍の王がいた。

王は優勝者の願いを一つ叶えるという条件で百人の戦士を集め、

彼らに生死を賭けた戦いをさせ、それを眺めるのを楽しみとしていた。

銀戦士プラタという青年がいた。

彼は愛する女性の為、ちびっこハウスの子供達の為、

願いを叶えようと戦いに参加した。

しかし、残忍で狡猾な戦士カオスの剣によって彼の願いは叶わなかった。

プラタが死んだ後の大会に、一人の女戦士が現れた。

彼女の名前はオロ。

無駄な殺生はしないと語り、彼女は誰一人殺さぬまま決勝まで進んだ。

オロの最後の相手はカオス。

見事な剣捌きで瞬く間にカオスを追い詰めるオロ。

このままカオスも殺さぬのだろうと誰もが思ったその時、

オロは自らがしないのは"無駄な"殺生だけだと語り、

卑怯な手段の前に命を落とした弟の敵を討つと言い放った。

そう、オロはプラタの姉だったのだ。

しかし、カオスは死ななかった。

オロの剣がカオスの体をわずかに外していたから。

殺されると思ったカオスは腰が抜け、小便を漏らし、晒し者となった。

彼を待っていたのは、死ぬよりも恥ずかしい結末だった。

誰一人殺さなかったオロだが、勝者であることに間違いはない。

王はオロに願いを問うた。

オロは答えた。

王に、一つだけで構わないから、花を育ててほしいと。

そして育てた花が枯れた時に、美しい涙を落としてほしいと。

どんな小さなものでも勝者の願いに変わりはない。

王はそれを聞き入れ、だが去り際に、一言残した。

私が育てる花は枯れないかもしれないぞ、と。

その時は花を枯らさなかった王こそが美しいだろうと、オロは答えた。

 

 

この物語を聞いた子供は泣いた。

よくわからないけど、いつもと違ってすごかったと泣いた。

もしかしたら平川は恋をしたのかもしれない、誰かがそう言った。

 

平川自身、オロの物語は渾身の出来だと感じていた。

そして、国尾に読んでみてほしいと原稿を渡した。

原稿を読み国尾は確信した、これは間違いなく傑作だと。

そして小杉に連絡を入れ、平川の取材をしてほしいと頼んだ。

平川は、国尾に勧められていた児童書の賞に作品を出そうと決心していた。

 

このまま平川は作家として成功するのかと思われたが、現実は違った。

現実は、今まで平川が語ったどんな物語よりも残酷な結果をもたらした。

 

ある日、平川は自身の作品のせいでアキラに振られてしまう。

正直者は損をするから?

半端な学歴は何の役にも立たなかったから?

違う。

彼の物語が、サムを魅了して止まなかったからだ。

サムには知的障害があった。

彼の挙動からそれは容易に知ることが出来た。

しかし彼の障害は先天的なものではなかった。

サムが赤ん坊の頃、まだ自分も小さいというのに

母に憧れて彼を抱き上げた姉の起こした事故によるものだった。

よろけた拍子に姉の腕から投げ出されたサムは、

頭を何度も打ち付けながら階段を転がり落ちた。

ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ、と音をたてながら。

ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ…

その音は、今もアキラの耳に残っている。

物語の主人公に憧れた弟はカラフルなバケツを被ったり、

金ピカの鎧を真似した格好で町を走り、台詞を語り、

いつまでも年相応に、大人らしく生きるようにならなかった。

それがアキラの、テレビには映らない現実だった。

アキラはその現実が続くことに耐えられなかったのだ。

そして彼女は言った、もうサムと私に関わらないでと。

 

アンデルセンのような悲しい童話でもここで終わっていただろう。

だが、現実の悲劇はまだ終わらない。

 

平川が知らないうちに、オロの物語は絵本となって世に出ていた。

作者の欄には、国尾の名前が。

賞の審査員は平川が盗作をしたのだと判断し、賞への道は絶たれた。

審査員だって勿論、事の真偽を確かめる為に出来る限りのことはしていた。

公園の子供達の話も聞いていた。

しかし子供達は、残酷なまでに正直すぎた。

子供達は、いつもとあまりにも違うオロの物語は、

平川の作品ではないように感じたと話したのだ。

 

童話に、友人に、子供達に、平川は裏切られた。

そんな彼の悲劇を嬉々として映像に収め、取材をする、小杉の姿。

平川は絶望した。

絶望なんていう言葉では足りない程に絶望した。

 

しかし、そんな彼を作家と呼び、お話をしろと言う者がいた。

サムだ。

気味が悪い程によくできた偶然のタイミングで現れたサムは、物語を望んだ。

そんなサムに平川は、残酷な比喩を用いて自分の身に起きた悲劇を語った。

泣き喚き、地べたに這いつくばり、自分は馬鹿だったと全てを悔やんだ。

しかしサムにはそれが分からなかった。サムは物語を望んだ。

 

サムは物語に夢中になり、台詞を覚え、主人公になりきる。

 

平川は作家である、作家には想像力がある。

想像力は狂気ではなく、凶器になった。

 

 

復讐心に駆られた一人の男が稲妻に撃たれ、

焼け爛れた肌の破片を撒き散らしながら彷徨う、

不死身の魔王ヴィルと化す。

 

ヴィルはまずコスギを手にかける。

鉄パイプで殴り殺すだけでは面白くない。

コスギの口に割れたガラス片を含ませ顔を殴打し、

倒れた彼の頭にガラス片の詰まった袋を被せ更に殴る。

一思いに殺しては面白くないので、虫の息になったところで放置する。

 

ヴィルは次に公園の子供達を手にかける。

すぐ側の交番に見つかると厄介なので、

彼の魂は公園を犬のように這いずり回る女に憑依し、

子供の眼球を親指で二、三度撫でた後に頭の奥へ押し込む。

 

ヴィルは今度はクニオを手にかける。

クニオは虫がとても嫌いだった。

黒く光る禍々しい虫を百匹程集めて、彼の口に押し込む。

虫は彼の体の奥を目指し、喉を通り、

最後はこの世で最悪の窒息死を呼ぶ。

 

ヴィルは最後にアキラを手にかける。

椅子に縛り付けた彼女の頭にカッターで切れ目を入れ、

左右の手で髪を引っ張り皮を引き剥がす。

 

 

平川の口から生まれる物語はこの上ない程残酷で、

グロテスクで、痛々しい表現に溢れていた。

それらの言葉は想像力豊かなサムを容赦なく苦しめた。

それでも平川は物語を止めない、サムの中に押し込むように、

染み込ませるように、彼に残酷な物語を押しつける。

 

フィクションとノンフィクションが、曖昧になる。

 

小杉が、子供が、国尾が死んだ。

平川は恐怖した、自分の作品とサムに怯えた。

ついに平川は魔王ヴィルを目撃する、彼に怯えるアキラの姿と共に。

そして平川は物語を話し出す。

ヴィルではなく、サムに向かって。

 

 

昔、あるところに翼の生えた少年ダニーがいました。

しかし村の人達は、ダニーが空を飛んでも全く相手にしません。

ダニーは空が飛べるのをいいことに、沢山のいたずらをしましたから。

村にいても面白くないと思ったダニーは、隣の町に行きました。

空から降り立ったダニーは一人の少女と出会いました。

少女は、翼の生えたダニーを見ても全く驚きませんでした。

彼女は目が見えなかったのです。

こいつぁ面白いと思ったダニーはウサギの糞を詰めたブドウを用意し、

これはこの世にたった一つしかない幸せのブドウだ、

これを食べた者は幸せになる、と話し少女に食べさせてしまいました。

少女は当然病気になり、日に日に弱っていきました。

しかし何も知らない少女は、毎日会いに来るダニーを

優しい人だと思っていました。

彼女はダニーにこんな話をしました。

人間はみんな心に翼が生えていて

死ぬとその翼で天国に行くことができる、と。

そして、幸せのブドウを食べた自分は

きっと天国で幸せになれると信じていました。

やがて少女に死が訪れました。

死ぬ間際、少女はダニーに話しました。

隣の村にいるという翼の生えたイジワルな男の子、

彼の翼が心に生えていたら貴方のように優しくなれたでしょうね、と。

ダニーは泣きました。

雨のように涙を落としながら飛びました。

三日三晩泣いて疲れ果てた彼は、村の塔の上で眠ってしまいました。

目を覚ますと、塔の周りには沢山の人がいました。

赤ちゃんが、恐らく鳥にさらわれて落とされたのでしょう、

塔の一番高い所に引っかかっていたのです。

ダニーは赤ちゃんを助けるべく、飛びました。

だけど三日三晩泣いた彼の体はもうへとへとで、

少し飛んではフラフラし、なかなか赤ちゃんの元へ辿り着けません。

塔の下で見ていた人々はみんなダニーを応援しました。

ダニーはついに赤ちゃんを助けました。

赤ちゃんを助けたあと、ダニーはみんなが見ている前で言いました。

「僕の翼を心に返すから、みんな見ていて」

ダニーの体が塔から落ちていきます。

しかしダニーは羽ばたきません。

ダニーがお願いした通り、みんなは静かにダニーの最期を見届けました。

 

 

平川とアキラが見守る中、サムは言った。

「僕の翼を心に返すから、みんな見ていて」

サムはダニーになった。

羽ばたかないダニーに。

 

魔王ヴィルとなったサムの手によって、殺された者がいた。

しかし、殺される瞬間を見ているのは観客のみ。

人が殺されたことは確かだが、物語が現実になったかは分からない。

情報提供者を殺したことだってある、

息子が死ぬでもしない限り海外に行った妻は帰ってこない、

刑事のそんな独り言は、恐怖に支配された平川には聞こえなかった。

 

あれから20年経った今も、平川は公園にいる。

そして集まった子供達に物語を聞かせる。

20年前と全く同じ物語を。

 

 

作中に人間風車という言葉は出てきません。

では、人間風車とは何なのか。

一つ、また一つと、人の心の闇が風車の羽根のように、

誘惑という風を受けて回っている様なのか。

20年経った今も、昔の作品だけを語り続ける平川そのものなのか。

 

ハッキリ言って、誰も救われないお話です。

アキラの過ちと、その結果であるサム。

アキラは一生償っていくべきだったのかもしれないし、

純粋すぎるサムがそのまま生きていく事自体、

本当は難しかったのかもしれません。

 

国尾は絶対に許されないことをしました。

彼は謝りながらも、平川にこう言いました。

自分にとってオロの物語の原稿は、

一晩だけと言って一億円を預けられたも同然だったと。

童話作家としてそれなりに食えていて、

童話に金を出すのは親であり、

子供ではなく親に受ける童話を書かなければ

童話作家は儲からないという国尾の例えは、

大人にはとても分かりやすいものでした。

 

 

オロの場面は平川がアキラに恋をしたあとに出てきます。

オロの顔はアキラの顔であり、

残忍の王は国尾の顔、カオスは小杉の顔でした。

それまで子供達に聞かせていた物語の登場人物が子供達の顔だったのを思うと、

裏切られる前から平川の心の底、本人も気づいていない部分には

何か明るくないものがあったのかもしれません。

そして恋をすることで、平川は大人になってしまったのでしょう。

 

 

平川、サム、童話の中の人達以外、登場人物の衣装がみんな

モノクロやセピアに近い色で統一されていて、

これは何か意味があるなと思って観ていたのですが、

最後公園にいる平川の服がモノクロになっていたのは衝撃的でした。

色を失った平川が語り出す物語の最初が

「それはまだ、お空が青かった頃のお話」

なのがまた重くて、失われたものの大きさを感じました。

 

 

物語のどこからどこまでが事実なのか分からないように、

何が正しいのか分からないし、何が間違っているのかも分からない。

それがこの舞台の魅力なのだろうと思いました。

観た人の心の中でも、何かが風車のように回っているのかもしれません。

やはり再演される作品には力がありますね。

 

 

 

ここまでお付き合い有り難うございました。

酷い長さです、精進します。

 

パンフレットとセットで出ていたトートが素敵でした。

 

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また何かあったら書きます。

 

 

春の うららの

たまには普通の日記を書きます。

 

友人に誘われて隅田川の桜を見てきました。

これ以上ないほどのお天気の中で

お日様を浴びてきらきら輝く隅田川の水面と

右も左も果てしなく続く淡い春の色は素晴らしいものでした。

 

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フリーきっぷがあるのだし、

折角なら目黒川の桜も見ようという話になったので

そちらにも行ってきました。

歩いても歩いても途切れない桜並木、

時折吹く風に乗って雪のように舞い上がり

川にも春の色をお裾分けして流れていく花びら、

隅田川の桜とはまた違った魅力に溢れていました。

日が落ちると川沿いにあるカフェや提灯に灯りが点り、

それらに暖かく照らされた桜もまた違った魅力がありました。

 

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隅田川と目黒川、二つの素敵な桜を目にして

ああ春は本当に来たんだなぁと全身で感じ、

何だかとても幸せになった一日でした。

 

丸ごと落ちてきた桜をひとつ拾ったので、

押し花にしようと思います。

 

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また何かあったら書きます。

 

ステーシーズ 少女再殺全談

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筋肉少女帯の作品に、再殺部隊という曲がある。

14から16歳までの少女が歩き回る屍となり、愛する者に殺されるという歌だ。

リリースは1996年、収録アルバムは「ステーシーの美術」。

その前年に、大槻ケンヂの名で一つの小説が発表されている。

それが今回お話しする作品、ステーシーズだ。

 

 

二十一世紀初頭、ある日突然15,16,17歳の少女達が死んだかと思えば、

ステーシー、ハイチの言葉で言うゾンビとなり、蘇るようになった。

彼女たちは肉を食らおうと徘徊し、噛まれた者は死んでしまう。

そんな少女達に対抗する手段はただ一つ。

 

百六十五以上の肉片にバラバラにする。

 

死が近づいた少女達は皆、理由のない多幸感に包まれ、

ニアデスハピネスと呼ばれる笑顔を見せるようになる。

症状を自覚した少女は運命に抗うことなく、

よく笑い、意味のない冗談を言い、その日を待つのだ。

 

百六十五以上の肉片、という言葉から分かるように、

この作品は容赦ないスプラッター表現に溢れ、グロテスクである。

だがそれでも、不思議と救いのない残酷さのようなものは感じない。

それは、この作品が少女達への愛で溢れているからなのかもしれない。

 

ステーシーになった少女達は皆、

獣のように呻き、

蛇のように舌を出し、

最期は潰れたトマトのように始末される。

それは一目見ただけで惹かれるほど美しい少女にも、

自身の容姿にコンプレックスを抱いている少女にも、

畸形と呼ばれる、

目が三つあったり、唇が二つあったり、

腕が三本あったり、乳首が七つあったりする少女にも、

必ず訪れる事。

人の目が気になる年頃の少女を、平等な結末へ導く。

 

ステーシーは再殺部隊の男達に拘束され、

時にダルマ落としのように体をバラされ、

時にタコのように四肢を折られ、最後は死ぬ。

しかし彼女達の体は決して性的に弄ばれることはない。

体内分泌液が人々に死をもたらすからだ。

返り血を浴びても何ともないのに、粘液は人を殺すのである。

14歳にしてステーシーになる運命に怯えて自殺する少女もいる。

ステーシーになる運命によって少女達の純潔は守られ、

彼女達は永遠に本物の少女であり続けるのだ。

 

ニアデスハピネスを発症した少女は、

できる限りのおしゃれをして、

心を寄せている少年の家を訪れる。

彼女達は死ぬ前に自身の純潔ではなく、

ステーシーとなった自分を殺す権利、

再殺の権利をもらってくれないかと頼むのだ。

”あなたに女の子の一番大切なものをあげるわ”

と歌ったアイドルがいたが、

死の運命に直面した時、

それは自身の命に干渉する事なのかもしれない。

 

ステーシーを通じて、人々はこの世の不条理を知る。

不条理とはどうにもならないことであり、

各々の主観で受け止める他に対処の方法がない。

仕方のないことと考えステーシーを殺し続ける男、

死に別れてもステーシーになって再会できるのならチャラだと言う少女、

周りの人と同じになれない自分にしか出来ないことで大暴れする少女、

ステーシーになる少女を好きになるのも仕方ないと受け止める少年、

様々な主観が、ステーシーという不条理を通して描かれる。

 

ステーシーが見せるものは不条理だけではない。

人の罪、彼女達はそれも見せつける。

生きている限り生まれる、どうにもならない罪を見せつける。

しかしステーシーはそれらを許し、受け入れ、黙認する。

 

人に不条理をもたらし、救うもの、それがステーシーなのだ。

 

制服、お化粧、ニーソックス。

ヒーロー、プロレス、巨大ロボット。

女の子の特権と男の子のロマンがミルクとコーヒーのように渦巻く世界。

血の海を泳いで愛に辿り着くような物語。

 

「冬を哀しみ、春を夜明けと捉えるのは、これまた主観の問題だ。」

 

寒い日々もようやく終わりを迎え、

暖かい日が増えてきた今日この頃にピッタリの一冊ではないだろうか。

 

読んでいると著者の声が読み聞かせてくれているような気分になるので、

読む時はあらかじめ筋肉少女帯の楽曲を聴いておくことをお勧めする。

 

 

また何かあったら書きます。

 

仮面ライダー1号 追記

人間は時が経つにつれて忘れる生き物ですが、

時が経つにつれて思い出すこともあるいい加減な生き物です。

1号を観て感じた事があとからあとから湧いてきたので

つらつら書きます、主に立花麻由についてです。

 

ショッカーに襲われた麻由が生身で戦い

アカリと逃げるシーンがありましたが、

あそこでの麻由の立ち回りは冒頭の本郷とよく似ており、

あれだけで身を守る術は彼から教わったのだろうなと感じました。

そして何より忘れられないのが、停電した遊園地の観覧車のシーン。

必ず受け止める意志を示す猛を信じて、

彼女は躊躇うことなく飛び降りるのです。

絶対的な信頼と愛情を強く感じる、

この映画の中で一番好きなシーンかもしれません。

 

幼くして両親を失い、

たった一人でショッカーの脅威と戦っている。

立花麻由の人生は昭和の仮面ライダーと同じなのです。

たった一作の映画で突然現れた存在、立花麻由。

しかし、約90分の物語の中に

彼女の生き様はしっかりと力強く描かれていました。

 

感想書いてて気づいたんですけど、

わたし麻由と猛のドラマにばかり目が行って

アレクサンダー大王眼魂の流れとか全然触れてないですね。

 

こまけぇこたぁいいんだよ!!!! 

 

多分これで言いたいこと言いました。

あとはもうtwitterで垂れ流します。

ブログの意味が怪しくなってきました。

 

オヤスミー。

 

仮面ライダー1号

www.youtube.com

『仮面ライダー1号』公式映画サイト 2016年3月26日(土)戦闘開始!

 

観てきました、ネタバレ感想です。

 

 


いい映画だったと思います。

そして何より、昭和ライダーを観ていて良かったと思いました。

 

力尽きようとしている者、既に死んでいる者、そして蘇った者、

ゴーストがいる事でそれらが揃う意味の大きい話だったように感じました。

 

タケルの戦う理由に対し「何故、命は大切なのか」と

正面から問うた本郷猛の存在は素晴らしいものでした。

そして衝撃的ではありましたが、タケルの前で本郷猛が一度死ぬ。

これもとても大きな出来事であり、共演するライダーがゴーストだからこそ、

観る側も意味の重さを感じられたのではないかと思います。

命を守る理由も、タケル以外の人の死も、

ゴースト本編ではまだ見せてくれていない、示してくれていない事なのですよね。

問われて一度考えたからこそ、人の死を見たからこそ、天空寺タケルは戦う。

映画の中で出た答えはまだ若干ぼんやりしているようにも感じましたが、

これは”タケルが問われた”事にこそ意味があったんだろうと思います。

そういった部分でこの映画は、

本編の延長に存在する物語だと私は思いたいです。

 

平成ライダーを完走した後、亀の歩みで昭和シリーズを追っているのですが、

立花籐兵衛の活躍を知っていると立花麻由の存在感は凄まじいものでした。

あのおやっさんですら本郷と呼び続けた男を「猛」と呼ぶ意味、強さ。

仮面ライダー1号・本郷猛ではなく、

一人の男・本郷猛が彼女には必要なのだという事がひしひしと伝わってきました。

麻由と猛の間にあるものは、紛れもない純粋な愛なのでしょう。

 

ネオ・サイクロンが出てくるガレージに置かれていた

立花レーシングクラブの看板だけでもこみ上げるものがあるというのに、

当時の写真を拾い上げて「一緒に行こう、おやっさん」で涙が一粒落ちました。

もうおやっさんはいないんだって、何となく伝わってくるのが切なかったのです。

 

しんみりした感想が続いたので、燃えた話でもしましょうか。

炎の中から1号が復活するシーンは間違いなく

作中で一番格好良かったと思うのですが、

座った位置からだとちょうど真正面に1号の姿が来るようになっていて、

全身であの画の魅力と勢いを受け止める事ができたのは幸せでした…。

ネットムービーでやっていたレジェンドライダー魂も出てきましたが、

一番最初に使ったのがWと鎧武で

「ここからは俺のステージだ!」「お前の罪を数えろ」

からのラッシュはBGMも相まってテンション上がりました。

ノバショッカー幹部の台詞が一部聞き取れなかったんですが、

眼魂を取り込んで暴走したウルガに殺されるイーグラからは

何となくウルガへの愛を感じて切なくなりました。

 

 

ブログで感想を書こうとするとすぐ真面目ぶりますね、コイツ。

お前のtwitterは見ているんだぞ!いつものクソっぷりはどうした!などと

どこからともなく幻聴が聞こえてきます。

迷った時は心に従え、アドニスさんもそう言ってた。

てわけで、どうでもいい感想散らかします。

 

冒頭の食事シーンからの大天空寺カラオケ大会って時点で

井上成分と孫みが完全に過剰摂取で死ぬかと思いました。

個人的に井上脚本と言ったら普段スーツじゃない男が

スーツを着るイベントが欠かせないと思い込んでいるのですが、

それをタケルでやると観る側の祖母心がオメガドライブするんですね…。

麻由のかわいさにフワフワしたり薪割りができない姿の

情けなさから漂うタケルの年相応っぷりや、

アカリのツンデレを見せながらも母親のようになるところ、

「コイツはそういう男だ」「腑抜けに用はない」とブレないマコトのツン具合、

など、ゴーストキャラと井上脚本って相性良さそうに感じたのですが、

皆さんどうでした…?

あのツン具合がブレないマコト、もっと観たくないですか??

終盤1号と地獄大使の因縁がすごくて、

昭和でもそうだったっけ…?と思ったんですが、

これ井上大先生の脚本でしたね。

あと、人は英雄になっても改造人間になっても声が関智一になる。

 

ジュウオウジャーとゴーストの夏映画が今から楽しみです。

 

 

また何かあったら書きます。

 

闇金ドッグス

www.amazon.co.jp

youtu.be

映画『闇金ドッグス』公式サイト

 

Amazonへのリンクは物が分かりやすいように貼っただけで

アフィとかそういうのではないです!!

金が入るならアフィ収入なんかより直接現ナマをくれ!!!!

 

と言うわけで、お金の話。

だいぶ前に観た映画ですが、語ります。

 

若くしてヤクザのアタマに成り上がった男・安藤忠臣(山田裕貴)は

余所の組とトラブルを起こした下っ端の為に足を洗うことになる。

ヤクザの肩書きがとれた途端、

世話になっていた闇金小中高志(高岡奏輔)の態度は一変し、

貸していた金の利息を払えと迫られるが、安藤には金のアテがない。

そんな安藤に小中は、返済が滞っている客・須藤司(青木玄徳)から

金を毟り取ってくるよう依頼する。

この一件から闇金の回し方を知った安藤は

小中から軍資金として新たに金を借り、闇金業を始めることとなる。

 

これが大まかなあらすじです。

 

物語は安藤の二人目の客、38歳ドルヲタニート日向良夫(古澤裕介)が

母親の生命保険を担保に金を借りた事で動いていくのですが、

この日向が推している地下アイドル・姫野えりな(富手麻妙)が所属している

事務所社長・沢村清志(津田寛治)のゲスさが気持ちいいほどに容赦ない!

常に笑顔で、アイドルから、そのファンから、

あの手この手で金を巻き上げる、その手口の生々しさ。

観ていると、あっ世の中そんなもんなんだろうな…って気分になります。

 

金に狂わされていく人間、金の為なら手段を選ばない人間、

金にモノを言わせて生きる人間、

とまぁ、クズとゲスしかいない世界なのですが

観ていると笑えたり、妙に愛おしく感じるんですよね。

 

特に主人公の安藤という男。

小中の事務所まで須藤を引っ張ってきたかと思えば、

返済期限は今日までだという話なのに

「この男をマグロ漁船に乗せる」と言い出したり、

闇金業では一発目から客の名刺を信用して10万貸して逃げられたり、

貸す金額の交渉中にドルヲタの推しトークを聞いてしまったりと、

本当にこれでアタマが務まっていたのかと思うほどの堪らなさ。

でもね、貸した金は戻らない、

十日経つごとに軍資金から10万が小中への返済で消えていく、

と、だんだん追い詰められていく中でギラついていく目が最高なのですよ。

戦隊モノはノータッチだったため知らなかったのですが、

この人ゴーカイジャーがデビュー作だったのですね。

日曜朝の7時半からあの目が拝めたとか何なんですか。

ホントどーでもいい事なんですけど、

安藤がラストファイナンスのビラを

ご丁寧に手書きで作ったのかと思うと面白すぎて悶えます。

 

そして、出番は短いけど強烈な存在の須藤。

顔はいいけどヘラヘラチャラチャラしているし、

借金という行為に何の罪悪感もなさそうな態度、

その上親は借金まみれのアル中という、

正にクズから生まれたクズ

小中が呼び出した冴えないババアと籍を入れることで

何件もの闇金から金をかき集めて完済する訳ですが、

完済した瞬間小中がチラつかせてきた10万に速攻飛びつくんですよね。

あそこのクズっぷりがピーク叩き出していて最高でした。

彼を演じた青木さんがネット記事のコメントで

「100人いたら100人がリスペクトしないであろう男」

と言っていた通りの、見事なクズ野郎です。

ていうか、闇金の世話になっていると

ある日いきなり問答無用で顔のいい男と籍が入れられるって、

どんな慈善事業なんですかコレ…。

 

それから、事の始まりである小中。

小綺麗にまとまった身なりと落ち着きを持っているんですが、

安藤が事務所へ行くとスマホでゲームをしていたり、

安藤と会う度に貰い煙草をしていたりと、

男にしか出せない魅力が詰まっているんですよね。

金貸しとしてどこまでも冷静な所が面白いのです。

 

そんな映画な訳ですが、この春続編が2本公開されるらしく、

その上片方は須藤が主役と知って今からワクワクしています。

映画『闇金ドッグス』公式サイト

告知の時点でビジュアルが強い。

 

ところで、この記事を書いてて気づいたんですけど

クズとゲスしか出てこない癖にみんな

心がキレイな人間みたいな字面の名前ばかりで愉快ですね。

 

 

また何かあったら書きます。

 

 

Viridi

 

少し前からSteamに手を出したので、

面白いと思ったゲームの話をします。

 

Viridi

 

多肉植物を育てて眺める、ただそれだけです。

でも、それがいいんです。

 

好きな柄の鉢を選び、種を植えるところからゲームは始まります。

ある程度時間が経ったところでゲームを起動させると、

植えた植物が成長する経過を動画で見る事が出来るのです。

たまに雑草が生えるので抜いてやり、

植物をクリックして乾いていたら水をやる。

すごく単純なのに、癒やされます。

 

週に一度、ランダムで無料の種が貰えるのですが

お金を払えば自分の好きな種も買えます。

他にも有料の拡張機能があるのですが、

まだ始めたばかりなのと全部英語なのとで

詳しいことは私も理解していません…(笑

辞書を片手に、私も育とうと思います。

 

そうそう、忘れていましたが。

最初に鉢に名前を付けるよう言われます。

自分だけの小さな惑星を作るような気分ですね。

ちなみに私は、

”夜が来たら朝が来て健やかに育つように”

と願って「ASA-YOL」と名付けました。

 

必ず出てくるのかは分かりませんが、

始めた時から鉢の縁にいるカタツムリがこれまたかわいい。

クリックすると出る「Wow cute」の一文にほっこりして

毎回霧吹きで水をあげています。

 

ゲーム自体は無料なので、

Steamのアカウントを作るだけで始められます。

心地よい音楽とかわいらしい植物による、

パソコンの中の小さな世界はいかがでしょうか。

 

 

あっ!何かすごくブログっぽい!

ブログっぽいこと書いてるぞ!!

また何かあったら書きます。